クリの剪定についての古く(昭和)からの議論

丹波栗 栽培日記

ごぶさたです。みなさん、剪定作業に忙しい時期ですね。

そもそもクリはどの程度剪定すべきかということは、とても長い歴史のある議論のテーマです。

クリ樹を健康に保つには剪定は必要だけど、「大きな切り口を作れば病気によって、かえって木が衰弱する危険性がある。(檜山博也氏(茨城県農業試験場主任研究員・当時・1975)」「樹形が完成して間もないころに枯れたり、衰弱したりする割合が多い現状では、他の果樹のような整枝剪定は必要でないとの見方も当然出てくる。(同上)」

結論を言っちゃうと、ある程度やった方がいいってことは大体コンセンサスが得られるものの、その程度は品種、台木、根張り、栽培地の気候、土壌、有効土層の深さ、立地、作りたい栗の大きさ感等によって、無限のバリエーションがあり得て、ものすごく幅が広いということです。

クリ樹の置かれた諸条件を踏まえて、美味しい栗生産と健康な樹体維持を目指しながら、みなさんの自由にアートしましょう。ただし、栽培条件が必ずしも至適でないところ(実はこの場合の方が圧倒的に多い)での栗栽培の場合は、置かれた状況の中で過剪定にならないように十分に気を付けながら。

兵庫県立農林水産技術総合センターにある筑波・銀寄の試験樹群は立派なクリの樹として名を馳せています。

これらの栗の樹は加西市という瀬戸内気候寄り低地の、「決してクリの生育には適しているとは到底言い難い気候」のもとにあるにもかかわらず、そして西日本低地では短命になりやすいニホングリとしては「例外的に健康で長寿」で、我らが丹波栗の剪定のお手本のひとつにもなっています。

しかしながら、栗栽培の初学者向けに声を大にして言わなければならないことは、兵庫県立農林水産技術総合センターの筑波・銀寄の試験樹列の台木には、ニホングリ用台木としてさまざまな意味で有能な数多くの実生から選抜されたチュウゴクグリ実生が使われているということ。特殊なエリート台木を下に持つ強者達なのです。

元々が単なるその辺の筑波・銀寄の苗木では決してありません。

超エリート台木を基礎にもつ筑波・銀寄です。

もっと詳細に説明すると、兵庫県の歴代の研究員の方々のものすごく地道な長い長い努力の結果、「Castanea mollissima チュウゴクグリという同族異種の実生台木」の中でも「Castanea crenata ニホングリとの同族異種間の接木親和性」と「耐凍害枯死性」を兼ね備え持つ特殊な優良個体が中国南方暖地系品種の数多くの実生の中から選抜された。

そうした「超エリートの台木」がセンターの筑波・銀寄の接木の土台に用いられているということです。(一般にチュウゴクグリ台木には普通ニホングリはうまく着かないことが多い。成功率1割と言われます。不思議なことに時々着くのがあるレベル。)

台木の遺伝子レベルで、いわば偏差値90、普通のその辺の栗の樹では全くないのです。

そうした背景をよく知らずに、センターでのクリの樹形を形だけ真似ても、あまり期待通りにならないことが多いでしょう。

諸条件を無視して身近なクリ樹をやたらに強剪定してしまうことは、自分の子供を遺伝子の違いを無視してウサイン・ボルトのように100mを9秒半で簡単に走れるものだと思い込んで超スパルタで鍛えて鞭打って育てるようなものです。(これは間違いなく悲劇でしょう)

クリは各種感染や虫害に大変弱い樹種ですから、できるだけ感染リスクの上がる雨や雪の日を避けて天気の良い日に剪定を行うことが好ましいでしょう。また、樹木間での水平伝播を減らすために剪定に使用するのこぎり・ハサミ・高枝切りは定期的に消毒をし、とても面倒ですが手間のゆるす限りで剪定枝の傷口にはトップジンMペーストのような癒合促進剤を塗布する方が好ましいでしょう。

品種、台木以外にも、土壌条件、西日本か東日本か、低地か高地か、日本海側か太平洋側か、傾斜地か平坦地か、日照条件、水はけの条件、冬季に気温がどこまで下がるか、遅霜の害のリスク、圃場周囲が森林か畑か、風の当たりやすい場所か、雨の少ない夏季に灌水できるか、昆虫、病害の発生状況などが至適な剪定の程度の決定に大きく影響します。

実は熊本県や岐阜県の昭和・平成初期の古い研究データでも、「剪定は必ずしも収量や一果平均重を増加させるとは限らない」ことが繰り返し示されています。さらに中国の農学書では四季それぞれでの剪定が推奨されています。冬季に一気にズバズバッとやることだけが善ではないのかもしれません。

「迷ったら切れ」というクリ剪定の言葉がありますが、本当にいつもそうでしょうか?樹の置かれた状況があまりよくない栗の場合は必ずしも真ではないかもしれません。

これは私見ですが、剪定はあくまでも、たくさんある栗園管理のひとつの要素にしか過ぎません。しかも「美味しい栗を作る」上で、その優先順位はあまり高くありません。もっともっと優先順位の高い事項がたくさんあると言えます。

剪定に熱中すると地上部分にあるクリの枝だけを一生懸命見上げてしまいます。が、クリ栽培では地下部分、台木や根張りや土壌条件や空気成分の割合を改善すること、施肥方法、排水、弱酸性のpH、微量元素などの分析・管理(栗の生育に重要なホウ素B、マンガンMn、カルシウムCaなどの過剰、不足がないか)、枯死の原因となりうるコガネムシ類の甲虫の幼虫の幼木の根の食害対策等々が、手間はかかりますが本来優先順位の高い事項です。

もっと地面の下に注目しましょう。建築物を立てる時でも優良な建築家は必ず基礎部分に手間とお金をかけます。クリ栽培でも同じことです。

もっとも優先度の高いもののひとつである、「いろんな意味で強い台木の選択」について今のところお手軽に入手できるものが未だ日本では完全には確立されていません。よく使われる筑波や銀寄の実生は現在の温暖化してきた西日本においては、どうやら栗苗の台木には最適ではない(亜熱帯的環境に耐えるのに必要な遺伝子が欠失しており、樹体を維持するために必要な根系を十分に発達させる能力がかけており、短命になりやすい仮説(あくまで仮説です))ようなのです。そこが現状、一番悩ましく、辛いところです。今後の日本での技術革新に期待しましょう。

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